ドイツ訪問 2

  州議会からマルクト広場を望む   7月3日昼から、ブレーメン州議会議員のヒラーさん(frau Ulrike Hiller SPD・ドイツ社会民主党)にお願いし州議会の視察をさせて頂きました。       ドイツは連邦制国家で、16州あるうちのひとつがブレーメン州です。ブレーメン州はブレーメン市とブレーマーハーフェン市で構成されています。 ブレーメン州議会はブレーメン市選出 名とブレーマーハーフェン市選出 名となっております。 ドイツは連邦選挙法により18歳で選挙権と被選挙権が得られますが、ブレーメン州では州法の改正により16歳に選挙権を与えたとのことでした。 若年層の選挙への関心を高めるためとのことでした。 このようなことは連邦制国家の特徴ともいえることで、日本ではできないことですが、低年齢からの投票権付与に関しては研究してみたいと思います。 先日の選挙についてまとめた資料を頂きました。      ヒラー州議会議員と共に州議会議長席に座らせて頂きました。   州には州政府があり閣僚も存在します。 議会は議長を中心とした執行部があり(日本における議院運営委員会)、議会での答弁は閣僚が行うという日本の国会と同じシステムが取られていることが特徴です。 話を2時間程度伺いましたが、日本と同じように議員はやることが多く休みがないとおっしゃっておりました。また、ブレーメン州は16州でも最低クラスの赤字自治体だそうで、他国との姉妹都市などは現在考えていないそうです。 ただ、経済交流は積極的に行いたいとのことでした。 ブレーメンは航空宇宙産業や風力発電といった新しい分野に対する投資を行っております。また、メルセデスベンツのドイツ第2位の工場がある等自動車産業への依拠が高いのも事実です。 そういった新しい分野での提携についても今後の検討課題にしたいと思います。 また、今年も大田区の中学生がブレーメンを訪問するとお伝えしたところ、州議会訪問・見学をと、ヒラー議員から提案を頂きました。また、時間が合えば説明もヒラー議員が帯同して下さるとのお話を頂きました。 せっかく訪問するわけですから多くの機会を子どもたちには持ってもらいたいと思います。   近代建築の州議会議事堂は戦後の投票ではぼろ負けでした・・・ しかし近代建築にしたのはナチスドイツへの反省を込め、大転換するという住民の意思でした。   下記が建設予定図     下図のように市庁舎・州議会議事堂・大聖堂が一体となったコンセプトであるとの考え   完成   夜は先日の海外視察でもお世話になったザックマンさんと一緒に市内商店街を回ったのち、ヴェザー川で食事をしました。 ザックマンさんは日本語が話せるので頼りになると同時に、ドイツ人の生活や考え方の話を伺えるので本当に貴重な存在です。 例えば、ドイツ人は夏季休暇を1カ月程度取り、スペインなどのヨーロッパ各国に避暑に行くことや、仕事の時間が終わると家族との時間であるとの考えから自宅に仕事を持ちこまないことなどです。 また、ブレーメンという都市で生まれ育ったザックマンさんは郷土愛が強いと感じました。この街をどうしたらよいのか、景気が悪い現状をどのように打開するのかといった意見交換をしました。 このザックマンさんを紹介して下さったのが川崎市元住吉にあるモトスミ・ブレーメン通り商店街です。 今回もブレーメン通り商店街と姉妹商店街になっているロイドパサージュ商店街にも伺いました。 市街地の中心部分と放射状に広がるトラムという路面電車の沿線に商店が広がっています。 とくにブレーメンはこの路面電車が発達しております。このため中心市内を走る車は本当に少ないです。買い物に来る人々も電車で買って帰るのが一般的です。日本においても道路幅をしっかりと確保した上で検討する必要があると思いました。 またもう一つ特徴的なのは自転車専用レーンです。日本でも導入が一部で進められておりますが、ドイツの場合は厳格なルールのもとに色分けがなされ、歩行者より自転車の優先権が確立されております。私も何度もうっかりとそのレーン内を歩いてしまい、ベルを鳴らされました。   裁判所も行きました。   裁判所の外観     大聖堂(ドーム) […]

ドイツ訪問 1

  平成24年7月2日から11日までドイツ連邦共和国を訪問しております。 昨年12月に大田区議会海外親善調査訪問団員としてドイツ連邦共和国ブレーメン州ブレーメン市に訪問致しました。 その際、ブレーメンの多くの方々とお目にかかり意見交換をさせて頂きましたが、時間の関係上多くの課題が残りました。 このことから改めての訪独を企画致しました。 そのような計画を話したところ中学から大学までの友人が帯同してくれることとなり、デュッセルドルフまでは一緒に行き、その後ミュンヘン訪問は一人で行きます。 今回はJALのマイレージが貯まりましたのでそれを活用してドイツに来ました。 JALは現在、羽田から欧州線としてパリとロンドンに飛んでおり大変便利です。 前回の時にはパリからブレーメンに入りましたが、待ち時間が多いこととパリから(外国から)ドイツに入るのと、成田→フランクフルトで国内移動するのでは費用が違うため成田発を選びました。 ANAは羽田→フランクフルトを現在就航しておりますので、次回はそれを活用したいと思います。 フランクフルトはドイツのハブ空港として、中心地より少し離れております。 東京のような首都ではありませんので単純な比較はできません。 地方にハブ空港を建設することはメリット・デメリットがあると思います。 そもそもドイツは東西分断の中で首都ベルリン周辺は東ドイツでしたので、西側としてその周辺にハブ空港を建設することはできませんでした。 そのような経緯もあり首都から大変離れたところにあるハブ空港ができたと考えられます。                 そのままブレーメン空港に移動するため乗り換え時間が約3時間ありました。時間的には時差の関係もあり、到着した現地時間午後5時(日本時間の午前0時)でブレーメンに到着したのが現地時間午後10時30分(日本時間午前5時30分)でホテルについて床についたのが午前0時頃(日本時間午前7時)でした。 へとへとになって寝ましたので朝8時前にハンブルク領事から電話を頂きましたが、よく寝れたのと共に時差ぼけにならない生活が無事スタートできました。 朝食を食べ、Gymnasium an der Hamburger strasse (ハンブルガー通りギムナジウム)の野島さんと意見交換をさせて頂きました。 野島さんとは昨年12月にお目にかかって以来でした。 このギムナシウムでは、第二外国語として日本語を学ぶクラスがあり、7年間ほど修学旅行として近畿圏を中心とした日本を訪問されている実績があります。 ただ、近時の円高ユーロ安の基調や日本の原発事故に関する懸念が相変わらず続いていることなどから、ここ2年間は実施できていないのが現状です。 近畿圏では関西国際空港から大阪に入りその後四国に渡って少林寺拳法の総本山に行く等日本文化に触れる活動をしていたそうです、 こういった日本での活動を支えていたのは多くの日本人によるものだそうです。 ロータリークラブの国際友の会や野島さんが日本の学校で教えていた時の教え子などです。 こういった人脈によって支えられていたそうですが、ドイツで始まったギムナジウム改革により13年生(19歳相当)制が12年生(18歳相当)になり、13年間で教えることを12年で教えなくてはならなくなったことなど多くの課題があるそうです。 1990年ごろ始まった日本語教育の際には20人程度であった履修者が、2009年には200人になったそうですが、システム変更や円高・原発などの影響があり、現在では130人程度になっているとのことでした。 そう言ってもドイツの中でまたブレーメン州の中のブレーメン市にある一つの学校に日本語を学ぶ日本の高校生に相当する生徒が130人もいることは衝撃的です。 1991年以降はabitur(アビトゥーア・高校卒業資格)の選択科目に日本語が入っているそうです。 このようなそういった素地をしっかりと生かしていかなくてはならないと思います。 卒業生の中には日本の研究者になった人やドイツの企業で日本部門の担当者をされている人など、現場の第一線で活躍されている人も多く輩出しているそうです。 今後はそういった縁も大切にしながら日独交流を進めていきたいと思います。 もし日本へとりわけ関東圏への留学旅行等の際には出来る限りの支援をさせて頂きたい旨お伝えをして別れました。