姫路市鉄道駅周辺整備プログラムについて -平成30年度交通臨海部活性化特別委員会視察①-

姫路市鉄道駅周辺整備プログラムについて説明を受けました。 このプログラム策定の目的として、高齢者など自動車を運転できない人の移動利便性をどのように確保していくかが課題であると考え鉄道やバス等の公共交通ネットワークにより、地域間の交流・連携を図るまちづくりを目指し、鉄道駅の役割が重要となると考えているからであるとのことでした。 構想中の姫路・英賀保間新駅を含めた市内32駅のうち整備済み及び事業中の駅を除いた22駅を今後整備が必要な駅としました。 また、姫路市では、鉄道駅を中心にしたまちづくり、エリアマネジメントをするために鉄道駅周辺整備整備室を設置し、この部門が町内連携の調整を行なっていました。 姫路駅を出るとまずは北側に国宝姫路城が真正面に見えます。 姫路駅では多くの外国人観光客が姫路城を目指して歩いている姿を見ました。 まさにインバウンドとしてのお客様です。 またそれにともない、城周辺には忍者や刀など歴史をモチーフにした多くのお店が並んでいました。 観光客の方々が喜んでくれるスキームは整っているように感じました。 その姫路駅周辺の土地区画整理事業、また、駅南北1ヶ所ずつの再開発事業といった多面的な事業により整備が進んでいます。 他方、JRのローカル駅や山陽電鉄の駅といった決して大きくない駅にも目が向けられていました。平成に入ってからも3つの新駅、11ヶ所の整備といったように着実に進んでいます。 駅前広場整備とバリアフリー化、道路の拡幅、自転車駐輪場整備、東西自由通路の整備など進めていました。 また、まちづくり協議会が地元発意で設立され、具体的に検討している例があると伺いました。多くの声を反映させるだけではなく、どこに予算投下すべきかを議論することにより、市政への住民参画が進んでいました。 これも多くの来街者による経済の活性化、地価上昇などによる税収増加などが背景にあると思いました。 公共交通の維持、強化は沿線住民、とりわけ高齢者などには大きな課題であることから、進める必要を学んだ視察となりました。 今回は、市内の一部しか見ることが出来ませんでしたが、次回は山陽電鉄やJRローカル線に乗車、駅にての下車などを行いたいと思いました。 この視点を大田区政にも活かして行きたいと思います。

子育てママの救世主@綱島ちひろ(一般社団法人BTmama)

妊娠・出産を期に人生がガラリと変わったという綱島さん。 そんな綱島さんの仕事と深川先生との関わりを聴いてみました。 綱島ちひろさん 一般社団法人BTmama代表理事 山形県出身 高校を卒業後、大手企業に就職 2014年子育てママの支援を目的にBTmamaを設立 ピンチをチャンスに! 『建築や設計がやりたい』これが私の夢でした。 一時は工業系の学校を目指すこともありましたが、両親の勧めで進学校を受験することになりました。 入学できたことに満足し、そこからは“やりたいことをやろう”と自由気ままに学生生活を送りました。 卒業後は進学せずに、大手企業に就職しました。そこから働くこと6年。会社を辞め、カバン一つで上京しました。 ― 上京してからの日々を教えてください! 夢と言えど、知識も経験もない状態。ただ好きというだけ。 それでも何かきっかけがほしくて、設計会社に直接交渉し、お茶くみをさせてもらいました。 持ち前の明るさで、営業を任されるようになり、お客様が何を望んでいるのか意思を汲み取る楽しさを知りました。 当時は、六本木に住んで渋谷で働く、一見華やかな生活を送っているように見えますが、現実は、住みにくく、いい環境とは言えず…。ダニに噛まれ、病院に運ばれる始末。それからは生活を改め、上京していた家族の住む大鳥居へ引っ越しました。 その後、結婚し設計会社を退職。大田区の町工場で働き始めました。 それからしばらくして、産休に入り、子どもをもつ喜びと同時に子育ての難しさを感じるようになりました。 子育てママも輝ける ― 出産後はすぐに復職されたんですか? 高校を卒業してから、働き続けていた私は仕事をしているのが当たり前になりつつありました。 でも保育園に入ることができず、退職し専業主婦になりました。 職場に戻れず、子育てに追われる毎日に鬱々としていると、前の職場から声がかかり自宅でできる仕事をもらいました。 それが今のBTmamaの原点である、『不動産の物件登録』でした。 『不動産の物件登録』と言っても、項目ごとに文字を入力する、一軒あたり5分程度の単純作業です。私は、その一つ一つを丁寧に、より分かりやすく、見やすく加工・修正したんです。それが認められ、反響がでると依頼件数も増えていくようになりました。 でも段々と子育てがおろそかになっていき、これはダメだと感じ、仕事を受けないのではなく、ママ友に声をかけ手伝ってもらうことにしました。 声をかけてみると、「やりたい!」というママが意外と多かったんです。 需要と供給が合致した結果、依頼件数が急増し、税務署に行くことを勧めらるまでに発展しました。 税務署に行くと、開業届を提出するよう言われ、“屋号”の記載を求められました。 考え出した結果が『B.ベストT.チームmamaママ』です。 BTmama誕生! 2014年の設立当初は、私を含め3人。「営業・人事・人材育成」と自然と役割分担されスタートしました。 原点に立ち返りビジョンをしっかり持つ。まずはBTmamaとしてのミッションとビジョンを明確にしました。 Mission  全てのママが「子育て第一」にしながら 「あたらしい働き方」を自ら創っている社会にする Vision  働くママが我が子の成長と笑顔をひとつも見逃さないまち まずは0,1,2歳の一番手のかかる時期の子どもをもつママに、仕事(役割)を与え、社会との接点を作る。手が空いたときにできる。それくらい簡単な仕事にする。スキルがなくてもやりやすく、成功体験ができる場所にしたいと考えました。 経験上、子育て『だけ』ではないことが、意外とストレス発散になったりするんです。 ノルマやシフトはなく、自分のできる範囲だけをこなしてもらう。 あくまでも社会復帰へのリハビリ。それでも、「これはママがやったんだよ」という目に見えたものがあることに意味があると思っています。 ママたちはとにかく責任感も強く、仕事が丁寧です。お願いした以上のものが返ってきます。 もちろん全ての人にそれを求める訳ではないですが、自主的に業務改善され、システムがハイテク化され… 代表である自分が付いて行けずに、驚かされます。 ― 苦労したことはありますか? 実際、働きたいママは多かったですが、設立当初は仕事をやらせて賃金が支払われない。教材を買わせて雲隠れ。そんな“在宅ワークの詐欺”が横行していた時代で、不安視するママも少なくはありませんでした。 今やっていることがどれだけ世の中に必要とされているのか、このやり方は間違っていないか。 第三者に評価してもらいたいと思うようになりました。 そこで『大田区ビジネスプランコンテスト』に応募することを決めました。 ありがたいことに事業の内容が認められ、“最優秀賞”を受賞することができました。 それまでも幾度となく力を貸してくれた、主人とお義母さんからも『全力で応援する』と心強い言葉をもらいました。 きっかけはどこにでもある […]

未来に繋ぐ弁当屋@山﨑大作さん(山六給食株式会社)

配達・営業を経験し、仕出し弁当部責任者となりメニュー開発から発注までマルチにこなす山﨑さん。 そんな山﨑さんの仕事と深川先生との関わりを聴いてみました。 山﨑大作さん 山六給食株式会社常務取締役 大田区出身 昭和39年創業の事業を両親から引継ぎ、兄弟で会社を支える。 仕出し事業部・学校給食部・企業食堂委託と事業を展開 会社ではなく、お客様に認められたい ― 両親の仕事を継ぎたいと思っていましたか? 毎日、夜中3時からお弁当の仕込みを始め、帰ってくるのは19時過ぎ。 自分たちが寝静まってから給料計算が始まり、喧嘩する両親を見ていたので、継ぐ気はありませんでした。 長時間労働に休みなし、どこかに連れて行ってもらった記憶もなく、両親の仕事に対してあまりいい印象は持っていませんでした。 だからと言って、他にやりたいことがある訳でもなく、高校もすぐに辞めてしまいました。 丁度その頃、父が倒れ、「ふらふらしているなら」と仕事を手伝ようになりました。 最初はパート扱いで、早朝から3時間程度働いていました。そのときも、継ぐ気はなくお手伝い感覚でいました。 ― 継ぐことを決意したきっかけは何ですか? 18歳で免許を取得し配達を任されるようになりました。 その頃は、学歴がないという劣等感から、誰からも対等には扱ってもらえないと考えていました。 でも、最初に任されたお客様は、本当に優しい方で学歴や見た目で判断せずに自分自身を見てくれました。 対等に話してくれる人がいる。頑張れば認めてくれる人がいる。 その出会いが自分を大きく変え、仕事に充実感を与えました。 それが仕事を本格的に継ごうと思ったきっかけです。 ― 苦労したことはありますか? 配達を続け、1年後には営業も任されるようになりました。 社会人としての経験がなく、多くの失敗もありました。 営業先で理不尽にお弁当を投げつけられたり、理由も分からず罵倒され悩むこともありました。 そんなときでも、自分に力を貸してくれたのがお客様でした。 服装・名刺の渡し方・謝罪文の書き方など、社会人として必要なことも教えてもらいました。 仕事に人生を捧げる人との出会い ― 深川先生の印象を教えてください 深川先生に会ったのは、議員になるよりも前の秘書時代。 お互いにまだ若く、今こんな関わりを持つとは思ってもみませんでした。 親の付き合いで、多くの議員さんと会ってきましたが、深川先生と関わることで議員さんのイメージはガラリと変わりました。 頭が良く物知りだけど、何事にも親身になってくれ、親近感があり、身近な存在。 今でも六法を勉強していたり、働きすぎなんじゃないかと心配になるほど努力している。 ここまで誰かのために、人生を捧げている人は見たことがなかったです。 深川先生との出会いも、自分にとてもいい刺激を与えてくれました。 目指すは日本一地球に優しいお弁当屋さん ― 今後の課題はなんですか? 食材・味はもちろん、使うもの全てにこだわりを持ち、 『人に感謝される仕事』それが“環境に優しくない仕事”と言われないよう、 子どもたちに胸を張っていられる仕事をしたいと思うようになりました。 入社当初は、お弁当の容器を回収し一つ一つ洗浄していましたが、使い捨て容器に変更。 水の使用量を30%削減しました。 でも、現在のお弁当容器は、プラスチックが主流のため、もっと環境に優しい素材のものはないか探し始めました。 そこで目を付けたのが、日本で唯一自給自足が可能な資材『石灰石』で紙を作る企業です。 プラスチックと違い、燃やすことができるため、CO2が20%削減できます。 まだお弁当容器としての製造はされておらず、実用化に向け、ゼロからのスタートとなりました。 新たなお弁当容器を開発・製造してもらおうにも企業には何度も断られました。 最終的には熱意で何とか認めてもらい、試作段階ですが形にすることができました。 […]